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Meister

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06年09月06日号
meister

【マイスター】専門家、大家のこと。”その道”で成功をおさめ、活躍中の人をルーキーでは勝手に「マイスター」と呼ばせてもらって、彼らがそこまでに至った道のりやエピソード、その職業へ就く方法などを語ってもらいました!!

私たちの海をきれいにかけがえのない美しい海を
子供たちへ残していくために

エド・ハインリック・サンチェスさんエド・ハインリック・サンチェスさんエド・ハインリック・サンチェスさん

NPO法人沖縄O.C.E.A.Nチーフナビゲーター
金武中学校ALT
エド・ハインリック・サンチェスさん

●プロフィール
Edo Heinrich-Sanchez
1962年8月生まれ。スペイン・カナリア諸島出身。
1990年、アメリカから沖縄へ移住。
1992年、ひとりでビーチの清掃を始める。
1994年、環境美化優良市民団体賞を受賞。
1995年、青年商工会議所のTOYP大賞を受賞。
2002年、沖縄県県知事賞受賞。
2004年、地域づくり総務大臣賞受賞。その他にも、様々な受賞や表彰を受けている。

「継続は力となる」
ひとりの外国人が、異国の地で始めた小さな活動が、大きなうねりとなって、世界へ広がり始めている。小さなさざなみが、やがてビッグウェーブとなるように。エドさんの活動は、多くのボランティアの力とともに、日本財団やユネスコや国連ともネットワークを結び、美しい海を大切に守るため、活動の輪を広げ続けている。

きっかけはきれいなビーチでランチが食べたい
 1992年の真栄田岬。
 当時、エドさんは琉球村のハブセンターで働いていた。昼の休憩時間に近くのビーチで、お弁当を食べるのがとても楽しみだった。沖縄に近い緯度上で、アフリカ大陸の北西沿岸に近い大西洋上にある、スペイン・カナリア諸島がエドさんの故郷だ。だからエドさんは、海を見ていると心がやすらいだ。仕事で汗だくになった体を潮風で乾かしながら、気持ち良くお弁当を食べていた。そんなエドさんの目に、ビーチに捨てられたゴミが目に入った。
 「せっかく気持ち良くランチを食べているのに、見たくないな〜」
 どこの誰が捨てたゴミか分からないが、見たくない、だから片付けよう。とてもシンプルな動機で、エドさんは人が捨てたゴミを片付けた。ひとつ片付けると、ほかのゴミが気になってきた。ゴミは次から次へと見つかった。毎日ひとりで、ビーチのゴミを片付けていた。すると、同じようにビーチの清掃をしているケニーさんや多和田栄作さん、桑江良和さんらと知り合った。そして、クリーンビーチクラブを結成した。ちょうど14年前の9月のことだった。
スペインと米国を行き来して育つ
 エドさんはファミリーが貿易や保険やレストランなど幅広く事業を手がけていた関係で、高校生の頃までスペインとアメリカ行ったり来たりして生活していた。
 「空港へ行くのが当たり前の生活でした」
 17歳の時、アメリカで空軍に入った。整備担当としてジェット機の修理を学んだ。最初の配属の時、エドさんはルイジアナ州へ配属される予定だった。しかし、カナリア諸島のような島へ行きたかったエドさんは、沖縄配属の同僚に頼んで配属先を沖縄へ変えてもらった。
 「沖縄へはじめて来た時、故郷のカナリア諸島と空気がすごく似ていて、一度も来たことがないのに前に来たことがあるような感じ(仏語:Dejavu=デジャビュ)がしました」
 沖縄へ10ヶ月ほど滞在して、その時にウチナーンチュの奥さんと知り合った。帰国して軍をやめたエドさんは、大学の写真課へ通い、テレビ局で働いたり、ファミリーのビジネスを手伝ったりした。スペイン語の教師として働いたこともある。そして、アメリカでの最後の仕事が、コロラド州を紹介する日本語雑誌の出版マネージャーだった。その頃、奥さんのお母様が他界。エドさんは家族で沖縄へ移住することになった。
 「言葉も分からないし、友達もいないので正直怖かったです…」
 そして、エドさんは家族とともに沖縄へ移住してきた。それが16年前、1990年のことだった。
ワイフの故郷である沖縄での生活
 「沖縄で仕事を探した時、スペイン語か英語の先生をやるのが普通でした。でも、それだと自分が日本語を勉強できない。それで琉球村で働くことにしました」
 琉球村で2年半働いたエドさんは、チャレンジで友人とともに乗馬クラブを起業した。しかし、現実は厳しく、約1年後にはステーキレストランチェーンへ店舗マネージャーとして入社することになった。人当たりのソフトなエドさんは、すぐにレベルアップして各店舗を統括する仕事をまかされた。店舗から事務所勤務になった。しかし、人とコミュニケーションをとるのが大好きで、さらに大学で勉強をしたくなっていたエドさんは、中学の英語教師の募集を見つけると転職を決めた。
 最初は読谷の中学校、それから沖縄東中学で教え、5年前からは金武中学校でALT(アシスタント・ランゲージ・ティーチャー)として働いている。ALTは日本人の英語教師のアシストをする仕事だ。日本人の教師が文法やテストなどを指導し、ALTが発音や外国の文化についてアドバイスする。教室へは日本人の教師とエドさんの2人で入り授業を行う。通常はひとりのALTがいくつかの学校を回るが、金武中学は英語教育に力を入れており、2人のALTがフルタイムで常駐している。そして、金武中学とハワイの中学校の交流を実現させることにも力を注いでいる。
 仕事と並行して、エドさんが沖縄でビーチ・クリーン・アップの活動を始めて、今年で14年。
 「最初、自分はボランティアの気持ちはまったくありませんでした。ただ自分がゴミを見たくない。きれいなビーチにゴミがあるのはイヤ。そんなシンプルな気持ちから始めました。ひとりではできないから仲間に応援してもらって、どんどん仲間が増えてきました。それだけでも力が足りないので行政にも働きかけました。
 なぜそのゴミがそこにあるのか。そのうしろにはゴミを捨てた人間がいます。誰かがゴミをちゃんと管理しなかったからゴミがそこにある。だから、教育にも力を入れないといけない。行政や企業にもアピールしないといけない。
 今の子供たちにきれいな浜で育つチャンスをあげたい。前に国連のレポートで、アジアのどこかの国のゴミだらけの川で、子供たちがニコニコしながら泳いでいる写真がありました。汚いところで育つとそれが当たり前と思ってしまう。子供たちにきれいな浜で育つチャンスを与えるためにも、ゴミを捨てないでくださいね」
 エドさんが14年前にたったひとりで始めた活動が、多くの仲間を集めて、世界各地の海をきれいにする団体や企業や日本財団などとネットワークを結び、活動の輪を広げ続けている。

エドさんの
プライベートライフ

◎バーベキュー

ビーチをきれいにしたあとで、みんなでワイワイ食べるバーベキューは最高。

◎好きな音楽

クラシックからロックまで幅広く聴く。日本の女性ミュージシャンでは宇多田ヒカルが好き。

◎帆船

とにかく船が大好き。船の上で生まれた「海人(ウミンチュ)エドさん」は、世界帆船フェスティバルに参加するほどの船マニアでもある。
なるにはGUIDE
 「どんな仕事についていても、ずっとやるつもりではなくても、その仕事をやっている間はつねにベストを尽くすこと。仕事をやっている間にいろいろ学ぶことがあります。仕事の手順とか。どんな仕事でも見えてくるものがあるので、しっかりそれをつかみ取ってください」

沖縄O.C.E.A.N

沖縄海洋文化と自然環境アクションネットワーク
沖縄O.C.E.A.N

●TEL・FAX
098-965-5371
●URL
www.okinawaocean.org
9月16〜17日(10:00〜12:00)
真栄田岬陸上・水中のクリーンアップ
※沖縄オーシャンのホームページから、ゴミの調査カードをダウンロードして、どこのビーチでも人数に関係なくビーチクリーンアップに参加できます。
自宅近くのビーチでマイビーチプロジェクトに参加してみませんか。(詳しくはホームページにて)

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