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| 07年4月28日号 | ||||||||||
![]() 【マイスター】 「ナビィの恋」「ホテル・ハイビスカス」を超えた! | ||||||||||
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石垣島が生んだ大スターBEGINが歌う「ミーファイユー」(石垣島の方言で「ありがとう」の意)を主題歌にした中江裕司監督の最新作「恋しくて」が、いよいよ沖縄で先行公開される。県内いたるところに「恋しくて」のポスターが貼りだされ、各マスコミがこの映画の話題で持ちきりだ。 |
琉大に進学し 自主映画に熱中映画「恋しくて」の監督・中江さんは、京都で生まれた。 家は、地元の人を相手に菓子パンなどを売る町のお菓子屋で、中江さんは小さい時からお母さんを手伝って店番をしていた。毎日ピーナッツの袋詰めをしたり、お母さんが店番をしている時は、中江さんが洗濯物を取り込んだ。二人兄弟の次男で、お兄さんは塾へ通ったりしていたが、中江さんは家の手伝いをすることが多く、それを楽しんでいた。はじめて観た映画はディズニーの「ダンボ」。しかし映画少年というわけではなく、スポーツ少年として、中学高校時代はハンドボールの部活に明け暮れていた。 やがて、大学進学を迎えると、中江さんは生まれて初めて沖縄へやって来た。琉球大学を受験すると、そのまま西表島へ遊びに行き、島で合格発表を聞いた。 首里に住み、中江さんの沖縄での大学生活が始まった。映画研究会に入ると、自主映画作りに熱中した。その頃は、監督よりもカメラマンや技術スタッフをつとめることが多かった。授業へはほとんど出席せず、映画ばかり作っていた。 「大学には5年間在籍し、君が卒業できたのは奇跡だ…と言われました」 恥ずかしくて卒業証書も取りに行けないほど、映画ばかりやっていた。 それが、23年ぐらい前のことだった。 営業の仕事をしながら 脚本を書き続ける 大学を卒業した中江さんは、貴金属のセールスマンとして働き始めた。地元系で質の良い商品を扱う会社で、中江さんは営業成績が良く、一般の初任給の4倍近い給料を稼ぐことができた。今でも地方の上映会に、当時のお客様が「よかったね〜」と差し入れを持って来てくれたりする。 「僕を育ててくれたお母さん達が沖縄各地にたくさんいます」と、中江さんは語る。 営業の仕事はすればするほど仕事が拡大していく。お客様に喜んでもらえると、そこから新しいお客様を紹介して頂け、絶対に断れない。どんどん仕事が広がり、2年間勤めた最後の1年は、1日の休みもなく朝8時から夜11時ぐらいまで働いた。 仕事と並行して、映画の脚本を書き続けていたが、脚本を書く時間がまったく作れなくなっていた。 「さすがに、これはまずい…と思い、仕事をやめました」 会社をやめると自主映画を作った。 それから「コミックおきなわ」というマンガ雑誌の編集部に呼ばれ、編集の仕事を2年近くつとめた。並行して映画の脚本を書き続け、新しい仕事に就くまでの間、自主映画を作った。やがて、映画の関係で東京のカメラマンと知り合い、東京へ呼ばれテレビ番組制作など仕事をした。 中江さんは自主映画が完成するたび、映画館と交渉し上映していた。「映画なので映画館で観てもらおうと、映画館で上映しました」どういう映画を作って、どういうところで上映し、どのように制作費を回収するか。中江さんは自主映画の頃から、つねに意識した。アマチュアとしてできることはすべてやり、これ以上作り続けていくためには、プロとしてデビューするしかないと思った。 そして、プロデビュー作「パイナップル・ツアーズ」撮影のため沖縄に戻ってきた。 中江さんが30歳になる頃だった。 「僕の仕事はサービス業 現在、日本映画は年間600本以上作られている。しかし、劇場で公開される作品は300本から350本ぐらいで、残りの250本から300本近い作品がお蔵入りしていく。 「日本中のあらゆる映画監督が、職業としては成立していないと思います。自分にとっては作品を作ることが大事で、映画監督という職業へつくためにやっているわけではありません。作品を作って社会に出し、みんなを喜ばせることが僕にとって大事です。ですから僕の職業はサービス業だと思っています」 94年にはWOWOWとソニーが共同出資した「パイパティローマ」を、プロ2作目として発表。そして98年、沖縄で18万人を動員し、「タイタニック」を抜いた県内最多動員の「ナビィの恋」を発表。 そんな中江さんも、「ナビィの恋」が大ヒットする前は、廃棄物分別ビデオや記録ビデオを作ったり、リウボウホールで上映の責任者をするなど、様々な映像に関わる仕事をしている。 「監督は脚本を書いて、自分はこういう映画を作りたいというプレゼンテーションをしないかぎり、映画は作れません。ですから、それが一番大切な行為です」 現在、中江さんは最新作「恋しくて」の公開のほか、桜坂劇場を運営する潟Nランクの代表として会社経営にもあたる。 中江さんが脚本を書くのは、おもに喫茶店が多い。時間を見つけ、ノートパソコンを持参して、いろいろな喫茶店を転々としながら、脚本を書き続ける。 中江さんに仕事を探す人へのメッセージを聞いた。 「仕事というのは自分がもうけるためにとか、自分のためにするものではなく、社会に対しての貢献です。ですから、仕事をしないと社会の役に立ちませんので、ぜひ仕事をしてください」 中江監督の待ちに待った最新作「恋しくて」がいよいよ沖縄で公開。ぜひ劇場へ足を運び、スクリーンにはじける新しい物語を観てみよう。 | ![]() 「映画監督になりたいなら、映画を作ることです。ただなりたいと思っているのではなく、作るという行為が大事です。そのためには脚本を書いてください。そして、自分のために作らないこと。人を喜ばすことを意識して、社会のために作ってください。モノを作るということは、社会に対しての責任が生じると思います」 ![]() Imformation 恋しくて 監督・脚本:中江裕司
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