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07年6月30日号
meister

【マイスター】
専門家、大家のこと。”その道”で成功をおさめ、活躍中の人をルーキーでは勝手に「マイスター」と呼ばせてもらって、彼らがそこまでに至った道のりやエピソード、その職業へ就く方法などを語ってもらいました!!


─日本ロック界の重鎮 柴山“菊”俊之 来沖!
        2夜連続ライブで ロック魂を体感してみよう─

柴山“菊”俊之さん

ミュージシャン・作詞家
柴山“菊”俊之さん

1947年:6月9日生。(ロックの日)福岡県出身、福岡大学卒業。
1970年:鮎川誠らとサンハウス結成。
1975年:1st.アルバム「有頂天」でデビュー。
1978年:サンハウス解散。ソロシンガー、作詞家として活動開始。
1983年:サンハウス復活。
1986年:ソロアルバム「SENTIMENTAL FOOL」発売。
2000&V01年:バンド“BLUES LION”にて沖縄ライブ。
2003年:Zi:LiE-YA結成。1st.アルバム「電光石火」発売。
2004年:沖縄ライブ。
2007年:Zi:LiE-YA 4th.アルバム「ろくでなし稼業」発売。

「暑い暑い沖縄をもっともっと暑いジライヤの ろくでなしビートが 大蛇のようにのたうちまわり 真夏の夜を徘徊する。サァ…パーティーの始まりだ 楽しくやろうぜ 男も女もBoogie-woogie All Night Long」          ジライヤ菊

この『ろくでなし』 もう誰にも止められない!
金赤に染めた、胸まで届くロングヘアー。黒い皮のパンツに、摩天楼を思わせる高層ビルが描かれた白い女性用のベルトを締め、上半身裸の菊(こと柴山俊之さん)がステージに現れた。女性のような白い素肌。ニコチン濃度がゆうに3mgは超えそうな太く短い煙草をくわえ、リズムをとりながらふーっと煙を吐き出す。百獣の王ライオンのようなドスが効いたアイメイク。魔除けのシーサーだって、この男の沖縄侵入を止めることはできなかった。燃え尽きそうな煙草を投げ捨てると、リングをずらりとはめた手で、マイクスタンドをつかんだ。客の視線が一気に集中する。菊は大きく足を開きグッと腰を落とすと、マイクスタンドを股間にそそりたて、卑猥なポーズで観客を挑発し始めた。ロック史上に残る名曲「キングスネークブルース」のはじまりだ。
  3年前の那覇・曙のライブハウス。
  記者は前座ステージの合間に、外の空気を吸おうとエレベータで1階へ降りた。エレベータの扉が開くと、孔雀のような極彩色のガウンを羽織った菊が立っていた。大きなサングラスの下から毒々しいアイメイクがのぞく。ホールへ身体を滑らせた記者は、菊が乗り込むエレベータの扉が閉まらぬよう、手でおさえた。菊は低くハスキーな声で、「ア〜、スイマセン」と言ってくれた。
  その菊が、還暦Birthdayを記念したニューアルバム「ろくでなし稼業」をひっさげて、沖縄へやって来る。
日本のリヴァプール 博多で生まれ育って
福岡県・博多。菊が生まれ育った街。
  ビートルズをはじめとする数多くのミュージシャンを輩出した英国リヴァプールのように、博多からも多くのミュージシャンが生まれた。
  1970年代にはチューリップ、海援隊、井上陽水、長渕剛、チャゲ&飛鳥など、フォークやニューミュージック系アーティストが続出した。やがて80年代になると、鮎川誠のシーナ&ザ・ロケッツに代表されるロック系アーティストが怒涛のように中央へ進出し始めた。今や俳優として活躍する陣内孝則のザ・ロッカーズ、石橋凌のA.R.B。そして現在でも若手アーティスト達からリスペクトされ、トリビュート盤まで発売されているザ・モッズやザ・ルースターズが代表格だ。さらに、松田優作に抜擢されて音楽活動のバックをつとめ、その後映画音楽家などで活躍するEXのメンバー(梅林茂、奈良敏博、羽山伸也)がいる。次の世代では歌謡曲の世界へ進出して一世を風靡したチェッカーズなど、数え上げるときりがない。
  当時のミュージックシーンで、博多は「日本のリヴァプール」と呼ばれた。そんな博多のミュージシャンの間で、教祖的な存在として君臨し続けているのが、菊こと柴山俊之さんだ。
  柴山さんは、グループサウンズの時代から音楽活動を始め、高校から大学へと進学し、アルバイトで学費を稼ぎながらバンド活動を続けた。米軍キャンプ回りなどしながら腕を磨いた。そして、のちにギター少年の教祖的存在となる鮎川誠と出会い、サンハウスを結成。1970年から活動を始めたサンハウスは、九州で知らぬ人がいないほどの人気グループに成長した。やがて、東京へ進出すると3枚のアルバムを発表するが、78年にメンバーはそれぞれの道を歩み始めた。
還暦Birthday レコ発ライブ
3年ぶりの「Zi:LiE-YA」来沖!
サンハウス解散後、サンハウス時代の柴山さんの詩を知っているミュージシャン達から、作詞の依頼が集まり始めた。柴山さんは作詞家として、シーナ&ザ・ロケッツ、陣内孝則、A.R.B、ルースターズなどに詩を提供し始めた。やがて、松田優作やアン・ルイスなどからも依頼されるようになり、ハウンドドッグ、松平健、デーモン小暮などメジャーのアーティストへも詩を提供していく。柴山さんの作詞家としての作品は、200曲以上がリリースされている。
  しかし、サンハウス時代の柴山さんを知っている誰もが、柴山さんが再びマイクを握る日を、心の中で待ち望んでいた。
  そして…、ついにその日がやってきた。
  1983年、サンハウス復活。ロックの聖地・日比谷野外音楽堂を狂乱させた菊は、数回の再結成ライブをこなすと、自らの新しいロック・プロジェクトを次々に始動させていく。
  そして、今年の6月9日。菊は還暦60歳の誕生日を迎えた。オキナワンロックの道を、紫やカッちゃんらが切り拓いたように、菊はロックの地平線を走り続け、とまることを知らない。
  きたる7月7日(土)と8日(日)の2days。男綱が女綱にくい込んで頭貫棒がグイと刺された、巨大蛇のような大綱挽きが行われる国道58号線を、菊があやしく通過する。名曲「キングスネークブルース」や数多くのロックナンバーと、菊の最新ロックバンド「Zi:LiE-YA」(ジライヤ)のメンバーとともに―。
  もうハブだって怖くない、菊のロックミサイルが、芸能音楽の地雷源オキナワを直撃する。
  ろくでなし稼業は、まだまだ終わらない。ろくでなしも30年以上続くと、ますますろくでなしだ。ジライヤ 菊  
なるにはGUIDE
「音楽を心から愛する事。プレイヤーとしての耳、オーディエンスとしての耳、この2つの耳を兼ね備えているか。もしくは、それに対して努力を怠らない事。あとは、失敗を恐れずに、チャレンジし続けるエネルギーと情熱かな…。それから先は、運を天に任せるしかないね。」

Imformation

LIVE Zi:LiE−YA@OKINAWA

◆7月7日(土)
19時開場 20時開演

場所:OKINAWAロイド(那覇市曙)
w/THE CRAZY HOT GANG、THE HOLDERS
◆7月8日(日)
18時開場 19時開演

場所:フェイバリット(那覇市前島)
w/THE COUNTRY HUNCHBACKS、あしゅらスライ、他
前売2,000円
当日2,500円
2日通し券3,600円
(両日共通料金)
問合せ:りんどう企画
(090-1703-2122)

ろくでなし稼業


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