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| 07年7月28日号 | ||||||||||
![]() 【マイスター】 ──あのスーザンが沖縄でライブギャラリー開催! | ||||||||||
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テレビ「あいのり」で世界各国を旅しながら独特な世界観に満ちた絵を描き、人気沸騰中のスーザンが沖縄にやって来た。画文集「スーザンと卑弥呼と子供共」の発刊を記念し、全国62ヶ所の書店で「個展&サイン会ツアー」を開催している。サイン会は台湾でも行われ、台湾を経由してスーザンが沖縄に上陸した。 |
人の目を気にせず 生きていくこと 台風のようなどしゃぶり雨の中、大学校舎の雨どいから滝のように水が流れていた。美大2年生だったスーザンは、ショッキングピンクと水色の絵の具を全身にかぶり、滝に打たれて修業する人のように、流れてくる水を浴びた。絵の具が水に溶けスーザンの体で混ざり合った。スーザンはどろどろになってグランドでのたうち回った。 「二浪して美大へ入ったのですが、合格するために人の目を気にした絵ばかり描くようになっていました。入学してからも受験の延長のような絵ばかり描いていました。それがだんだんいやになって、人の目を気にしないことをしようと思いました」 その頃読んだ岡本太郎の本に刺激を受けた。大雨の中、グラウンドでのたうち回るスーザンの姿を、自主映画のカメラが捉えていた。 「もやもやした気持ちを解消するには、そういう方法しか思いつきませんでした。でもその時からなにかが変わりました」 スーザンの表現活動は絵を描くことよりも、自主映画制作や音楽活動に向かっていった。楽器ができない友人達とバンドを組んだ。 やがて4年生になると、卒業制作へ向けて久しぶりに絵を描き始めた。バンドのメンバーをモチーフに、2枚の不思議な作品を仕上げた。 卒業すると、友人7人でアトリエを構えた。そして、新宿にある美術専門学校の雑用係として働きながら創作活動を続けた。やがて、バイト先の友人から絶対に受かるよと「あいのり」出演をすすめられた。書類審査と3回の面接を受け「あいのり」への出演が決まった。 オマーン、中東、UE、カタール、バーレン、ロシア、ウクライナ、ルーマニア、ハンガリー、オーストリア、リヒテンシュタイン、スイスへと10ヶ月の旅が続いた。 映画監督から絵描きへ進路を変更 スーザンは武田信玄で有名な山梨県の甲府市で生まれた。父はデザイナー兼イラストレーターで、エアブラシで絵を描いたり、広告のイラストを描く仕事をしていた。スーザンは小さい頃から弓矢や泥団子など物を作ることが大好きだった。しかし、小学3〜4年の三者面談で、先生から「剛君は紙をいっぱい使って困ります」と言われ、大好きだった絵を描くことをやめた。かわりに小学1年から始めていた空手に熱中した。中学へ入ると野球を始めた。高校は「ここなら野球部のレギュラーになれるかな…」と、地元の工業高校へ進学した。工業系にはまったく興味がなかったが電子機械科へ進学。授業が面白くなくて、映画が大好きだったので映画監督を目指すようになった。野球部の厳しい合宿をさぼるため夏休みにタイへ行ったり、渡米中の先生を訪ねてロサンゼルスへ行くなど、アクティブな高校生活を送った。 やがて高校卒業を迎えると、映画といえばハリウッドだろうと思い、「アメリカへ行きます!」と宣言した。まずは英語だと思い、英会話学校へ通った。留学にはTOEFLを受ける必要があるが、なぜか英検3級を受けて不合格となった。 「日本の映画学校でもいいかな…」と思い、絵コンテを描く必要もあるので、地元の美術学校へ通った。ひさしぶりに絵を描き始めると、楽しくてたまらなかった。「映画監督はたいへんそうだし、絵はひとりで気軽にできるからいいな」と、美大の油絵学科へ進路を変えた。 スーザンは左利きだ。習字とトイレの紙を使う時以外は左が利き手となる。歴史上の人物で左利きは天才が多い。レオナルド・ダ・ヴィンチや画家のラファエロ、ミケランジェロ、日本では左甚五郎が左利きだ。 好きなことをやり続け 生きていくこと スーザンの好きな画家はアンリ・ルソーや、フリーダ・カーロ、ヒロエニムス・ボシュなどだ。さらに宗教画や民族美術、原始美術など、土っぽい感じのものが好きだという。 「あいのり」へ出演する前、アフリカのタンザニアへ、ひとりで1ヶ月間ホームステイしたことがある。 沖縄ギャラリーに展示されている1枚の絵を描きあげるのに、2週間から1ヶ月半ぐらいかかった。小さいものは2〜3日で描き上がる。東京のアトリエにいる時は、午前11時ぐらいに起きて絵を描き始める。食事は納豆や鶏ごぼうそばなどを自炊して食べる。たまに自転車で外へ出る。そうして明け方の4〜5時ぐらいまで絵を描いてから寝ている。 「絵のインスピレーションは、その時の精神状態が出るのかもしれませんが、なにか描きたくなって、ちょっと絵の具をつけていくうちにイメージが決まってきて、よし! みたいな感じです。紙に白とか黒の下地を塗った時点ですね」 連日、若い女性を中心としたファンで大賑わいのスーザン沖縄ギャラリー。ギャラリーに併設されたアトリエで創作活動を続けながら、ファンサービスへ応じるスーザンに今後の方向性を聞いた。 「やりたいことをやって、最後は死ぬ時に笑えたらいいですね。どれだけやりたいことだけしかやらずに生きていけるかの実験みたいな。やりたいことがやっていければ、貧乏だったりしても苦しさも楽しめます。そういうのがだいじょうぶな人は、チャレンジしてみてもいいかもしれませんね」 | ![]() 「なんでもやってみないと分からないので、とりあえず一歩踏み出せるかどうかが成功か失敗かと考えれば、踏み出せば成功だから、それで自由に動いていって、その中で自分がはまれるものに深く突っ込んで行ったら、新しいものが見えてくることもあると思います」 Imformation スーザン 2007年7月14日〜8月中旬頃まで(時々休みあり) ほぼ毎日スーザン本人がいます。会場にてスーザンの初画集「スーザンと卑弥呼と子供共」をお買い上げの方はその場でサインもOKです。 (8月13日は出張中です) 林檎プロモーション 0551-32-2663
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