今年の1月3日。
国際通りのホテルロイヤルオリオン(旧ホテル西武オリオン)うしろにある餃子の専門店・漢謝園が新しくなった。ホテル横の細い道を入ると、ホテルのまうしろだ。広い駐車場の一角がゲタ履きの2階建てで、緑赤黄のテントでおおわれた階段をあがると、中国の真っ赤な装飾品が飾られた気さくな店内がある。国際通りすぐ近くで、駐車場が店の下にある便利なつくりだ。毎日店で皮から作る、本場手作り餃子がウリだ。
広大な中国大陸では、料理の種類が地域別で4種類に分かれる。北京料理と上海料理と四川料理と広東料理の4つだ。餃子は北京料理の代表的なメニューのひとつ。中国の北の地方では、大晦日や正月に、家族揃って必ず餃子を食べる。日本のようにご飯のおかずとしてではなく、主食として餃子だけを食べる。肉厚の皮がご飯のかわりだ。
肖さんは本場の味を沖縄で味わってもらうため、毎夜9時から3〜4時間かけて餃子を作っている。まず皮の生地になる小麦粉を練りあわせることから始める。小麦粉に温水を入れてよく混ぜる。よく練り上げた生地を棒状へ伸ばすと、ゴルフボール大の大きさに手でちぎっていく。それをのし棒で伸ばし、円形の皮ができあがる。1枚1枚皮を伸ばし、毎日400個から800個の餃子を作る根気のいる作業だ。本場の味を伝えるため、肖さんは毎夜心を込めて餃子を作る。
肖さんは中国の最北部、ロシアと国境を接する黒龍江省で生まれた。冬になると気温マイナス30度を記録する厳寒の地だ。肖さんは小学生の頃から、運動会で走るのを先生に見込まれてマラソンを始めた。黒龍江省のチームで練習したあと、北京の体育学校へ進学。国のチームに所属し、1991年の東京国際マラソンで第2位の成績をおさめた。そして、黒龍江大学を卒業すると、沖縄国際大学へ留学する奥様とともに留学することを決めた。
2000年6月に来沖。照りつける太陽で空気が本当に熱いと感じた。しかし、中国文化の影響が強い沖縄に、肖さんは心ひかれていった。大学へ通いながら、日本料理の勉強をしようと、寿司店でアルバイトを始めた。大学を卒業すると、首里の居酒屋でイタリア料理を学んだ。昼は大里村にある中華バイキングの店で、日本人の好む中国料理の経験を積んだ。料理の修業をかさね、次第に自分の店を持ちたいという意欲が高まっていった。
中国で育った頃からの付き合いで、同じ大学の同級生だった奥様との間に、ふたりの子供がいる。故郷の黒龍江省で暮らす両親に子供を預け、肖さんは漢謝園・安里店の新料理長に就任した。
今年1月。店長兼料理長として、肖さんは長いレースのスタートをきった。
漢謝園の餃子は全部で5種類。本場中国で餃子は水餃子で食べる。焼き餃子は日本独特の食べ方だ。具がたくさん入った日本の餃子と違い、中国で餃子の具はシンプルだ。豚肉とニラの餃子は、豚肉とニラにショウガと長ネギだけ入れる。白菜の餃子であれば白菜だけ入れる。野菜の餃子は、野菜の香りが一番大切だ。具を何種類も混ぜると素材の味が分からなくなる。医食同源の考えが強い中国では、食べ物に相性があるので、野菜の種類が多ければ良いとは考えない。また、日本のように餃子の中へニンニクを入れることはない。ニンニクはすりつぶすか細かく刻み、タレに混ぜて食べる。
「料理すべてシンプルな味付けです。塩胡椒に醤油で、余分な調味料を使わず、食材の味を引き出す料理を心がけています。中国料理を作る時、火加減が一番大切です。メニューは全部で70種類以上、餃子のほかにチャーハンや麻婆豆腐や八宝菜がよく出ます」
大きな8人掛けの円卓が2つ、約60名分のテーブル席が配置された店内に、本場の味を求める人達が訪れる。近所の女性が、持ち帰りの餃子を求めにやってくる。手作り餃子が10個で500円は破格の値段だ。
テーブルに焼き立ての餃子が運ばれてきた。ぷっくりと肉厚でつややかな皮が、こんがりとキツネ色に焼かれている。最初はタレをつけずに味わってみる。モチモチした皮のうまみと、口の中に広がる県産豚肉の肉汁。ひとつふたつと箸がすすむ。途中から、酢と醤油とラー油のタレをつけ、ひとつの餃子が、何通りもの味に変化していく。
肖さんが作るしあわせの餃子は、スタートをきったばかりだ。国際通りで餃子を食べるなら、漢謝園の手作り餃子が安心だ。