旧石川市の東恩納。
本島中部にあるのどかな集落のはずれ。
畑と牛舎に囲まれた一画に、山城さんが自ら造り上げた、趣味と仕事の「秘密基地」が姿をあらわす。
ブロックを積み上げて作った、仕事道具の倉庫と、その隣にあるバス・シャワー&トイレルーム。
全長約10mの冷凍コンテナを改造して作った、倉庫兼ベッドルーム。
それらに囲まれた中央には、電線を巻きつける木製の電線ドラムが横たえられ、アウトドアテーブルがわりになっている。
駐車スペースの車は、すべてあざやかな黄色にペインティングされている。仕事用のユニック、趣味のフェアレディZ、1BOXカーがあり、さらにホンダの軽スポーツカー・ビートもある。
「昔、アメリカ映画で、猛スピードで走る、黄色い車を観ました。黄色は目立つので、事故に巻き込まれる確率が低い。それで、飲み仲間の塗装工に頼んで、すべて黄色に塗り替えました」
!BOXカーには、1300Wの劇場用アンプが積まれ、大きなスピーカーから、マドンナのCDが大音量で流れている。そのほか、山城さんが好きな音楽は、オールディーズやベンチャーズだ。
「気持ちが若いからね」と、山城さんは笑う。
車で2〜3分の距離には、奥様と子供夫婦と孫が暮らす自宅がある。山城さんは、朝食と夕食を自宅で食べると、「秘密基地」へひとりで行く。夕食のあとは好きな音楽を聴いて、夜の時間を楽しんでいる。
オーディオ、車、バイク、真空管アンプなど、多彩な趣味を楽しむ山城さんは、石川で農業を営む両親のもと、六人兄弟の長男として、生まれ育った。
山城さんが真空管アンプを作り始めるようになったのは、中学生ぐらいからだ。真空管の一番の魅力は、修理がしやすいことだ。トランジスタを勉強しないか、と言われたこともあったが、真空管でないと触りきれないと、ずっと真空管にこだわり続けてきた。
中学を卒業すると、地元の電気工事店に就職した。時代の流れもあり、米軍関係の仕事をたくさんこなした。最初は見習いとして、実地に仕事をしながら、電気工事の勉強をしていった。
約2年の経験を積むと、那覇の電気工事会社へ転職した。さらに10年の経験を積むと、20代半ばを越えていた。
山城さんは、結婚を機に独立すると、気心の知れた何名かでグループを組み、発電所や工場など、大きな施設の工事を請け負うようになった。
仕事と並行して、趣味の真空管アンプ作りを続けた。探している部品が手に入らないときは、アメリカ製のトランスをばらして、コイルが巻かれているものを、何回巻かれているのは何ボルトだと覚え、巻き直して電圧が合うように作り変えていった。
オーディオ以外では、車やビンテージバイクのメンテにも力を注ぐ。バイクはカワサキの名車、650tのW1を、40歳を過ぎてから手に入れた。バイク仲間とともに、年に2回、自慢のバイクの発表会を兼ねて、40台ぐらいでツーリングを楽しんでいる。

仕事面では、20年ほど前から、電気工事以外に水道工事も手がけるようになった。自分の手で分解して、こういう構造になっているのかと、独学で勉強していった。
仕事道具が増え、趣味のバイクも一時期は6台あって、自宅の倉庫がいっぱいになった。
畑として代々使っていた場所に、倉庫用のコンテナを買って、設置しようと思った。しかし、中古のコンテナは海外での需要が多く、輸出向けに回されて、手頃なものが見つからなかった。
そこで、まずブロックを積み上げた建物を自分で作った。やがて、那覇の安謝港で手頃なコンテナを見つけ、手に入れた。コンテナを倉庫兼娯楽室に改造して、コンテナ内部にエアコンもつけた。
しかし、近所の子供たちが夜遊びすることがあったため、見張りも兼ねてコンテナハウスで寝泊りするようになった。
コンテナハウスの奥の畑では、山芋の栽培もしている。近所の部落で行われる、山芋勝負に出品するためだ。山城さんが収穫した19キロある巨大な山芋は、大物賞で一等に選ばれ、賞金を獲得した。
仕事に、そして多彩な趣味に、なんでも自分でこなす山城さんは、愛車フェアレディZのマフラーも自らの手で作りあげた。
「マフラーを交換しようと思ったら、知人から購入した車輌価格よりも高かったので、自分で作ることにしました。でも、2本のマフラーを左右対称に作るのに、同じ形で2本作ってしまい、途中で気付いて、ひとつは予備として置いてあります」
今年61歳。毎朝何から手をつけようかと楽しみながら考える山城さんに、定年はない。