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06年11月08日号
今本智子さん今本智子さん
紅茶コーディネーター
今本智子さん
【プロフィール】1965年生まれ。福岡県出身。
3年間スリランカに暮らし、紅茶プランテーション運営の傍ら、テイスティングに目覚める。1995年、沖縄に移住。
沖縄タイムスカルチャーセンター講師を努めるなど、おいしい紅茶の楽しみ方を広める一方で、沖縄生まれの「琉球紅茶」を開発。大手百貨店やリゾートホテルなどを取引先に持つ。現在(株)沖縄ティーファクトリー代表取締役。
『次世代に継ぐ、新たな産業として沖縄を紅茶の島にしたい。』
日本屈指の国産紅茶が沖縄で作られていることをご存じだろうか?
 琉球紅茶と名付けられた沖縄生まれの紅茶は、この夏、大手百貨店のギフトカタログの表紙を飾るなど、注目を集めている。その生みの親が紅茶コーディネーターであり、(株)沖縄ティーファクトリー代表取締役を務める、今本智子さん。
 「生みの親なんて大それたものではないんですよ。沖縄では五十年も前から紅茶が作られており、私はその沖縄紅茶物語を続けているだけ。いずれは沖縄の方々へお返ししたい、そう考えています」と穏やかな口調で語る。
 今から十五年ほど前、世界を駆け巡っていたバイヤー時代、スリランカで紅茶と出会った。以来、紅茶プランテーションを運営するためスリランカに三年ほど滞在した。このときテイスティングに目覚め、独学で学んだ。その後、得意先である沖縄の会社を手伝うために沖縄に一カ月ほど滞在することになった。
 そこで運命の出会いがあった。赤土である。赤土こそ、紅茶栽培に適している土壌だった。ちなみに紅茶のセイロンとはポルトガル語で赤い土という意味だという。赤土酸性土壌はインドの紅茶名産地アッサム地方とほぼ同じである。アッサム種が育つ北限は北緯二十九度といわれ、北緯二十六度の沖縄は、日本で唯一、自然の状態でアッサム種の茶畑が作れる。「本格的な紅茶の生産に適した場所」と今本さんは確信した。
 時を同じくして娘が誕生。自然に恵まれた沖縄で子育てをしたいと移住を決意。さらに経営不振に陥っていた得意先を、在庫商品とともに引き継ぐことになり、沖縄において本格的に紅茶に携わる事業をスタートさせた。
 琉球の花紅茶沖縄電力のキッチンスタジアムや沖縄タイムスカルチャーセンターでの講師を努める一方で、沖縄と紅茶の関係をひも解くため図書館に通い詰めた。新聞のアーカイブであるマイクロフィルムと睨めっこをするも、紅茶に関する記事は一向に見つからない。一年ほど通ったが見つからず、あきらめかけたとき、「赤土土壌は北部に片寄っているため、もしや地方版に載っているのでは」と思いつき地方版を探すと、一九五八年の新聞で『有望な沖縄の紅茶』という見出しを見つけた。農水省が五十年ほど前にアッサム種の苗木を試験的に植え、紅茶生産の研究が行われていた記録が残っていたのだ。この記事を目にした今本さんは、「どこかに茶畑が残っている」と直感したという。
 「以前暮らしていたスリランカでは、紅茶の木を植えて茶畑を作ると、子や孫まで三代の財産をなすと言われていました。つまり紅茶の木は百年もの間、新芽の茶摘みができるということなんです。沖縄に紅茶の苗が植えられたのが五十年前だとすれば、沖縄の茶畑もどこかに残っているのではと思ったのです」
 こうしてアッサム種の茶畑を探しはじめた今本さん。可能性のある茶畑に足を運び、ひとつひとつ確認しながら、聞き探していったという。ようやく探し当てたアッサム種は、技術者不足により緑茶用として栽培されていたが、このまま放ってはおけない。沖縄の財産である紅茶を復活させるため、生産者と一緒になり紅茶づくりに着手した。
 それから二年。試行錯誤を繰り返し、有機・無農薬のアッサム種の茶葉を原料とする沖縄産紅茶の製造・商品化に成功した。二〇〇五年には、『琉球紅茶』というブランドを作り、今では大手百貨店に卸したり、ホテルのオリジナル商品開発なども手掛けている。
 順風満帆だったわけではない。この間、離婚という人生最大の苦い経験もしたが、これをきっかけに、自らの足で歩いていこうと決意した。自分の心の中にある「ノー」は絶対にやらない、嘘はつくまいと心に決めた今、どんな大手の取引先でも、一歩もひかない。そんな一本筋の通った今本さんに、バイヤーたちは絶大なる信頼を寄せている。
 「『琉球紅茶』というブランドを育てていくことが、沖縄を紅茶の島にすることにつながると思っています。そのためにも市場に出してくれるお得意様とのおつき合いにも妥協はできません。沖縄の紅茶を独占するつもりはありません。それこそ市場を狭めるだけです。いずれは沖縄の皆さんにお返ししたいと思っています」という今本さんの究極の夢は、おいしい紅茶を出すカフェのおばちゃんだという。
 とはいえ一度消えかかった沖縄紅茶物語は、まだまだ始まったばかり。今後が楽しみだ。
ターニングストーリー
1986年 21歳 不動産関連の会社で働きはじめ、仕事の楽しさを覚える
1988年 23歳 ニューヨーク、カナダ、香港、イタリアなど世界を駆け巡るバイヤー時代。ランチェスター戦略などを学ぶ
1991年 26歳 スリランカで紅茶に出会う。紅茶プランテーションを運営。テイスティングに目覚める
1994年 29歳 スリランカから福岡へ帰省する途中、得意先のある沖縄に1カ月滞在する。このとき紅茶栽培に最適な赤土酸性土壌を見つける
1995年 30歳 一人娘の誕生とともに沖縄に移住する
1998年 33歳 50年ほど前、沖縄でアッサム種が植えられていた事実を確認する。沖縄での紅茶の生産に確信を持つ
2000年 35歳 有機・無農薬のアッサム種の茶葉を原料に沖縄産の紅茶製造・商品化に成功する
2003年 38歳 離婚。流されるまま言われるままに歩んできた人生を振り返り、自らの足で立って生きていこうと決意する
2004年 39歳 琉球紅茶を商品化する
2005年 40歳 株式会社沖縄ティーファクトリーとして法人化する
今本智子さんより転職を考えている方へ
「順風満帆の人生と思う人もいますが、いつでも全力投球でした。川の流れが早いときには、より早く漕いで乗り切り、行く手がふた手に分かれているときには、大きな川を選び進む。大きな川はリスクも大きいけど、学ぶことも多いと思っているからです。30歳まではスキルを見につける時期だと思います。そのためにも与えられた仕事にはノーと言わず受け、経験知を身につけてください。自らの適性を磨くことは専門性にもつながります。ただ仕事をこなすだけでなく、必要なことは勉強すべきです。ひとつのことを一生懸命努めることは、想像以上に力がつきます。スキルを磨いてから、自分のやることを探しても遅くはないと思います。」
お仕事紹介
沖縄で安心・安全な「紅茶のある暮らし」を提案・展開する会社として、紅茶の製造・販売、紅茶関連商品の開発・販売を行っています。沖縄ティーファクトリーのオリジナル商品は、アッサム、アールグレー、サンセットティーの3種類。いずれも今本さんがコーディーネートした自信作で、大手百貨店に卸している他、ネットでも販売しています。また琉球紅茶ハーブやハイビスカスティーなどハーブティーも製造・販売。ホテルやレストランなどにはただ販売するだけでなく、おいしい紅茶の入れ方などをアドバイスするコンサルティングセールスを行っています。
(株)沖縄ティーファクトリー
■(株)沖縄ティーファクトリー
住所/うるま市石川2313-3 舞天館2F
TEL/098-965-4767
URL/www.okitea.com

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