
デイサービスたばた介護職員 親川利恵子さん
1960年生まれ。うるま市屋慶名出身。
前原高校商業科卒業。25年あまり務めてきた事務職から介護の仕事に転身。現在、デイサービスたばた勤務。介護職員として利用者の介助やレクリエーションなどの指導にあたっている。
うるま市喜屋武にある「デイサービスたばた」は、介護保険の認定を受けた30名あまりの利用者たちが通うアットホームな通所介護事業所だ。
訪ねたときは、ちょうどレクリエーションタイム。介護職員の親川利恵子さんは利用者を前に体操の指導中。
マイクを通してはつらつとした声が伝わり、いかにも楽しそうだ。 介護の仕事に就いて、まだ1年足らず。
本人は、仕事を覚えるのがやっとと話すが、田畑博義所長やケアマネージャーの喜久本加代子さんは、「親川さんは仕事が丁寧で、一人一人への目配りや気配りが自然とできているので、介護の仕事に向いていますよ」と太鼓判を押す。
利用者にやさしく声を掛け、さりげなく手を握ったりスキンシップをはかる親川さん。介護の仕事は天職なのではと尋ねると、
「子どもの頃の私を知っている家族や同級生などは、私に勤まるはずがないといいますよ」と笑う。
その理由は「いばやーだったから(苦笑)」と、今の親川さんからは想像もできない答えが返ってきた。
子どもの頃から、女手ひとつで7人姉兄を育ててくれた母親を見てきたこともあり、手に職を付けようと商業科で簿記を学んだ。
卒業後は、親元から早く独立したいとの思いから東京のレストランで経理としての仕事に就いた。その後、結婚、二人の娘の出産・育児を挟んで、印刷会社に勤めるなど、事務畑をずっと歩いてきた。
31歳の離婚を機に二人の娘とともに帰沖。生命保険会社や下着の販売など営業の仕事に就いたこともあったが、運良く営業成績を上げたものの、期待を受けて「売りの姿勢」に入った途端、営業に向いていないことを実感。
本来の経理の仕事に戻り、自動車修理工場や建設会社などに勤めた。
同じ頃、母親が倒れ、介護生活に入った。「介護といっても平日は姉が看てくれていたので、私は週末だけの手伝いでした。
姉の大変さに比べたら大したことはないはずなのに、介護しているときは、いじわるでいばやーの私がいたんです。
ゆっくりとした動作にイライラして、急がせたり、どなったり。元気な頃の母親の姿ばかりを追っていたんですね」
イライラする自分に嫌気をさしながら悶々と過す日々。そんなとき運命を変えるターニングポイントが訪れた。
勤めていた会社が導入していた研修を受けることになったのだ。自己啓発セミナーと聞いてはじめは拒否したが、上司からの命令には逆らえず、しぶしぶと参加。
セミナーでは、自分らしさを隠して良い子でいようとする自分に気づかされたという。
「母親の介護にしても、やってあげているという気持ちが強く、見返りを期待していたんです。
自分さえ我慢すれば全てがうまくいくと勝手に思い込み、ギスギスして周りに迷惑かけていることすら気づかなかったんです」
嫌なことは嫌と言える素直な自分に出会ってからは、母親にも自然とやさしくなれたという。
以来、介護という仕事に興味を持つようになる。そして数年後、母親の死をきっかけにその思いは強くなった。
「遺影を探していたときに、母の笑っている写真を見つけたんです。家ではムスッとしていたのに、デイサービスで写っている母は楽しそうに笑っていたんです。この仕事しかないと思い転職を決意しました」
その後、働きながらヘルパー2級の資格を取り、デイサービスたばたに勤めることになった。本人も驚くほど、トイレや食事の介助に抵抗がなかった。そして働きながら笑っている自分に気づく。
母親の介護のときは急がせていたのに、今では利用者の方“ゆんなーよー”と言っている親川さん。
これまでは答えの決まっている数字が相手で、ルールを守らなければという意識があり、本来の自分を殺して仕事をしてきた。
でも今は人間が相手。予想がつかない。「嘘は絶対に通じない。テーゲーでやっていると見すかされてしまう」という生身の自分が試される職場だ。
そんな仕事を楽しんでいるという親川さんにとって介護の仕事は、やはり天職なのかもしれない。
▼親川利恵子さんのターニング・ポイント・マップ
【1979年 18歳】
高校卒業後、「通学社員制度」を利用し、東京のレストランで働きながら学校に通う
【1983年 22歳】
結婚。二人の娘の出産・育児を挟み、経理の仕事を続ける
【1991年 31歳】
離婚。沖縄に戻る
【1992年 32歳】
下着販売の営業に就く。好成績を出すも、向いていないと思い辞める
【1993年 33歳】
母親が倒れ、介護を手伝うようになり、イライラしはじめる
【1994年 34歳】
自動車修理工場に勤め、車検手続きを覚えるなど仕事を楽しむ
【1996年 36歳】
建設関連会社の経理として勤める
【2002年 41歳】
TURNINGPOINT!
自己啓発セミナーを受けて、大きな気づきを得る
【2006年 46歳】
介護の仕事に転職する
▼親川利恵子さんよりメッセージ
一生懸命という言葉が好きでした。何事も一生懸命に取り組めば報われると思っていたからです。
もちろん一生懸命やることは悪いことでも、間違っているわけでもありません。ただそれだけではないことに気づきました。
自分らしさを出さずに、我慢しながら一生懸命になっていても何かが違います。
我慢すること、すなわち不自然さというのは周りにも伝わるもので、知らず知らずのうちに迷惑をかけていたのではと反省しています。
肩ひじを張らずに、できないことはできないということも大切です。自分らしく楽しく生きていれば、周りも安心して、気兼ねなく過すようになると思います。
お仕事紹介
「デイサービスたばた」
住所=うるま市喜屋武208-2
電話=098-974-0285
在宅において支援や介護を要する高齢者に対し、健康づくりと生きがいづくりとして日常動作訓練や入浴サービスなどの各種サービスを提供しています。
高齢者の自立生活を支援し、社会的孤立感の解消、心身機能の維持向上を図るとともに、その家族の介護負担の軽減にも努めています。
具体的なメニューとして、運動機能向上をめざしたトレーニング、マッサージで痛みのケアの予防、
またアロマオイルを使用したフットマッサージでのリラクゼーションと血液循環の改善などがあり、
各種レクリエーションや年間行事なども実施。生活相談員、看護職員、介護職員、機能訓練指導員などが介助や指導にあたっています。




